われて余《あまり》あるではないか。その時節は必ず来る、着々として来つつある。我らの衷心《ちゅうしん》が然《しか》囁くのだ。しかしながらその愉快は必ずや我らが汗もて血もて涙をもて贖《あがな》わねばならぬ。収穫は短く、準備は長い。ゾラの小説にある、無政府主義者が鉱山のシャフトの排水樋《はいすいひ》を夜|窃《ひそか》に鋸でゴシゴシ切っておく、水がドンドン坑内に溢《あふ》れ入って、立坑といわず横坑といわず廃坑といわず知らぬ間に水が廻って、廻り切ったと思うと、俄然《がぜん》鉱山の敷地が陥落をはじめて、建物も人も恐ろしい勢《いきおい》を以《もっ》て瞬《またた》く間に総崩れに陥《お》ち込んでしまった、ということが書いてある。旧組織が崩れ出したら案外|速《すみやか》にばたばたいってしまうものだ。地下に水が廻る時日が長い。人知れず働く犠牲の数が入る。犠牲、実に多くの犠牲を要する。日露の握手を来《きた》すために幾万の血が流れたか。彼らは犠牲である。しかしながら犠牲の種類も一ではない。自ら進んで自己を進歩の祭壇に提供する犠牲もある。――新式の吉田松陰らは出て来るに違いない。僕はかく思いつつ常に世田ヶ谷を過ぎ
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