はただ台所の方《かた》に残れる時、羽織|袴《はかま》は脱ぎすてて、煙草《たばこ》盆をさげながら、おぼつかなき足踏みしめて、廊下伝いに奥まりたる小座敷に入り来し主人の山木、赤|禿《は》げの前額《ひたえ》の湯げも立ち上らんとするを、いとどランプの光に輝かしつつ、崩《くず》るるようにすわり、
 「若|旦那《だんな》も、千々岩君《ちぢわさん》も、お待たせ申して失敬でがした。はははは、今日はおかげで非常の盛会……いや若旦那はお弱い、失敬ながらお弱い、軍人に似合いませんよ。御大人《ごたいじん》なんざそれは大したものでしたよ。年は寄っても、山木兵造――なあに、一升やそこらははははは大丈夫ですて」
 千々岩は黒水晶の目を山木に注ぎつ。
 「大分《だいぶ》ご元気ですな。山木君、もうかるでしょう?」
 「もうかるですとも、はははは――いやもうかるといえば」と山木は灰だらけにせし煙管《きせる》をようやく吸いつけ、一服吸いて「何です、その、今度あの○○○○が売り物に出るそうで、実は内々様子を探って見たが、先方もいろいろ困っている際だから、案外安く話が付きそうですて。事業の方は、大有望さ。追い追い内地雑居と来る
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