つわられ、あわれ見る人もなき庭のすみに新日高川《しんひたかがわ》の一幕を出《いだ》せしが、ふと思いつく由ありて、
 「千々岩はまだ来ないか、お豊さんちょっと見て来てくれたまえ」
 「千々岩さんは日暮れでなけりゃ来ないわ」
 「千々岩は時々来るのかね」
 「千々岩さんは昨日《きのう》も来たわ、おそくまで奥の小座敷でおとっさんと何か話していたわ」
 「うん、そうか――しかしもう来たかもしれん、ちょっと見て来てくれないかね」
 「わたしいやよ」
 「なぜ!」
 「だって、あなた逃げて行くでしょう、なんぼわたしがいやだって、浪子さんが美しいって、そんなに人を追いやるものじゃなくってよ」
 「油断せば雨にもならんずる空模様に、百計つきたる武男はただ大踏歩《だいとうほ》して逃げんとする時、
 「お嬢様、お嬢様」
 と婢《おんな》の呼び来たりて、お豊を抑留しつ。このひまにと武男はつと藪《やぶ》を回りて、二三十歩足早に落ち延び、ほっと息つき
 「困った女《やつ》だ」
 とつぶやきながら、再度の来襲の恐れなき屈強の要害――座敷の方《かた》へ行きぬ。

     二の二

 日は入り、客は去りて、昼の騒ぎ
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