まりわるげに被《はお》る大縞《おおじま》の褞袍《どてら》引きかけて、「失敬」と座ぶとんの上にあぐらをかき、両手に頬《ほお》をなでぬ。栗虫《くりむし》のように肥えし五分刈り頭の、日にやけし顔はさながら熟せる桃のごとく、眉《まゆ》濃く目いきいきと、鼻下にうっすり毛虫ほどの髭《ひげ》は見えながら、まだどこやらに幼な顔の残りて、ほほえまるべき男なり。
 「あなた、お手紙が」
 「あ、乃舅《おとっさん》だな」
 壮夫《わかもの》はちょいといずまいを直して、封を切り、なかを出《いだ》せば落つる別封。
 「これは浪さんのだ――ふむ、お変わりもないと見える……はははは滑稽《こっけい》をおっしゃるな……お話を聞くようだ」笑《えみ》を含んで読み終えし手紙を巻いてそばに置く。
 「おまえにもよろしく。場所が変わるから、持病の起こらぬように用心おしっておっしゃってよ」と「浪さん」は饌《ぜん》を運べる老女を顧みつ。
 「まあ、さようでございますか、ありがとう存じます」
 「さあ、飯だ、飯だ、今日《きょう》は握り飯二つで終日《いちんち》歩きずめだったから、腹が減ったこったらおびただしい。……ははは。こらあ何ちゅう
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