でしたか」
「なぜ? ――そんな事はあいません――なぜかい?」
「いや――少し聞き込んだ事もあるのですから――いずれそのうちあいますから――」
「おおそうじゃ、そいからあの山木が来ての」
「は、あの山木のばかですか」
「あれが来てこの――そうじゃった、十日にごちそうをすっから、是非《ぜっひ》卿《おまえ》に来てくださいというから」
「うるさいやつですな」
「行ってやんなさい。父《おとっ》さんの恩を覚えておっがかあいかじゃなっか」
「でも――」
「まあ、そういわずと行ってやんなさい――どれ、わたしも寝ましょうか」
「じゃ、母《おっか》さん、おやすみなさい」
「ではお母《かあ》様、ちょっと着がえいたしてまいりますから」
若夫婦は打ち連れて、居間へ通りつ。小間使いを相手に、浪子は良人《おっと》の洋服を脱がせ、琉球紬《りゅうきゅうつむぎ》の綿入れ二枚重ねしをふわりと打ちきすれば、武男は無造作に白縮緬《しろちりめん》の兵児帯《へこおび》尻高《しりだか》に引き結び、やおら安楽|椅子《いす》に倚《よ》りぬ。洋服の塵《ちり》を払いて次の間の衣桁《えこう》にかけ、「紅茶を入れるよう
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