そうです。ちょうど今日は持たしてやろうとしておいでのとこでした。まだ明日《あす》は猪《しし》が来るそうで――」
 「猪《しし》? ――猪が捕《と》れ申したか。たしかわたしの方が三歳《みッつ》上じゃったの、浪どん。昔から元気のよか方《かた》じゃったがの」
 「それは何ですよ、母《おっか》さん、非常の元気で、今度も二日も三日も山に焚火《たきび》をして露宿《のじく》しなすったそうですがね。まだなかなか若い者に負けんつもりじゃて、そう威張っていなさいます」
 「そうじゃろの、母《おっか》さんのごとリュウマチスが起こっちゃもう仕方があいません。人間は病気が一番いけんもんじゃ。――おおもうやがて九時じゃ。着物どんかえて、やすみなさい。――おお、そいから今日はの、武どん。安彦《やすひこ》が来て――」
 立ちかかりたる武男はいささか安からぬ色を動かし、浪子もふと耳を傾けつ。
 「千々岩が?」
 「何か卿《おまえ》に要がありそうじゃったが――」
 武男は少し考え、「そうですか、私《わたくし》もぜひ――あわなけりゃならん――要がありますが。――何ですか、母《おっか》さん、私の留守に金でも借りに来はしません
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