しつ。
「何をしとっか。つッ。赤坂へ行くといつもああじゃっで……武《たけ》も武、浪《なみ》も浪、実家《さと》も実家《さと》じゃ。今時の者はこれじゃっでならん」
膝《ひざ》立て直さんとして、持病のリュウマチスの痛所《いたみ》に触れけん、「あいたあいた」顔をしかめて癇癪《かんしゃく》まぎれに煙草盆の縁手荒に打ちたたき「松、松松」とけたたましく小間使いを呼び立つる。その時おそく「お帰りい」の呼び声勇ましく二|挺《ちょう》の車がらがらと門に入りぬ。
三が日の晴着《はれぎ》の裾《すそ》踏み開きて走《は》せ来たりし小間使いが、「御用?」と手をつかえて、「何《なん》をうろうろしとっか、早《はよ》玄関に行きなさい」としかられてあわてて引き下がると、引きちがえに
「母《おっか》さん、ただいま帰りました」
と凛々《りり》しき声に前《さき》を払わして手套《てぶくろ》を脱ぎつつ入り来る武男のあとより、外套《がいとう》と吾妻《あずま》コートを婢《おんな》に渡しつつ、浪子は夫に引き沿うてしとやかに座につき、手をつかえつ。
「おかあさま、大層おそなはりました」
「おおお帰りかい。大分《だいぶ》ゆっくり
前へ
次へ
全313ページ中82ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング