い所得税だ、としばしば伺候しては戴《いただ》きける。右の通りの次第なれば、それ御前の御機嫌《ごきげん》がわるいといえば、台所の鼠《ねずみ》までひっそりとして、迅雷《じんらい》一声奥より響いて耳の太き下女手に持つ庖丁《ほうちょう》取り落とし、用ありて私宅へ来る属官などはまず裏口に回って今日《きょう》の天気予報を聞くくらいなりし。
三十年から連れ添う夫人お慶の身になっては、なかなかひと通りのつらさにあらず。嫁に来ての当座はさすがに舅《しゅうと》や姑《しゅうとめ》もありて夫の気質そうも覚えず過ごせしが、ほどなく姑舅と相ついで果てられし後は、夫の本性ありありと拝まれて、夫人も胸をつきぬ。初め五六|度《たび》は夫人もちょいと盾《たて》ついて見しが、とてもむだと悟っては、もはや争わず、韓信《かんしん》流に負けて匍伏《ほふく》し、さもなければ三十六計のその随一をとりて逃げつ。そうするうちにはちっとは呼吸ものみ込みて三度の事は二度で済むようになりしが、さりとて夫の気質は年とともに改まらず。末の三四年は別してはげしくなりて、不平が煽《あお》る無理酒の焔《ほのお》に、燃ゆるがごとき癇癪を、二十年の上もそ
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