「御免ください」
 とはいって来しは四十五六とも見ゆる品よき婦人、目|病《や》ましきにや、水色の眼鏡《めがね》をかけたり。顔のどことなく伊香保の三階に見し人に似たりと思うもそのはずなるべし。こは片岡中将の先妻の姉|清子《せいこ》とて、貴族院議員子爵|加藤俊明《かとうとしあき》氏の夫人、媒妁《なかだち》として浪子を川島家に嫁《とつ》がしつるもこの夫婦なりけるなり。
 中将はにこやかにたちて椅子をすすめ、椅子に向かえる窓の帷《とばり》を少し引き立てながら、
 「さあ、どうか。非常にごぶさたをしました。御主人《おうち》じゃ相変わらずお忙《せわ》しいでしょうな。ははははは」
 「まるで※[#「※」は「束」の上半分に「冖+石+木」、第3水準1−86−13、43−7]駝師《うえきや》でね、木鋏《はさみ》は放しませんよ。ほほほほ。まだ菖蒲《しょうぶ》には早いのですが、自慢の朝鮮|柘榴《ざくろ》が花盛りで、薔薇《ばら》もまだ残ってますからどうかおほめに来てくださいまして、ね、くれぐれ申しましたよ。ほほほほ。――どうか、毅一《きい》さんや道《みい》ちゃんをお連れなすッて」と水色の眼鏡は片岡夫人の方《
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