《さむらい》の娘にて、久しく英国ロンドンに留学しつれば、英語は大抵の男子も及ばぬまで達者なりとか。げにもロンドンの煙《けむ》にまかれし夫人は、何事によらず洋風を重んじて、家政の整理、子供の教育、皆わが洋のほかにて見もし聞きもせし通りに行わんとあせれど、事おおかたは志と違《たが》いて、僕婢《おとこおんな》は陰にわが世なれぬをあざけり、子供はおのずから寛大なる父にのみなずき、かつ良人《おっと》の何事も鷹揚《おうよう》に東洋風なるが、まず夫人不平の種子《たね》なりけるなり。
中将が千辛万苦して一ページを読み終わり、まさに訳読にかからんとする所に、扉《と》翻りて紅《くれない》のリボンかけたる垂髪《さげがみ》の――十五ばかりの少女《おとめ》入り来たり、中将が大の手に小《ち》さき読本をささげ読めるさまのおかしきを、ほほと笑いつ。
「おかあさま、飯田町《いいだまち》の伯母《おば》様がいらッしゃいましてよ」
「そう」と見るべく見るべからざるほどのしわを眉《まゆ》の間に寄せながら、ちょっと中将の顔をうかがう。
中将はおもむろにたち上がりて、椅子を片寄せ「こちへ御案内申しな」
五の三
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