っぱり甘くなさいますよ」
 中将はほほえみつ。「何、そうでもないが、子供はかあいがッた方がいいさ」
 「でもあなた、厳父慈母と俗にも申しますに、あなたがかあいがッてばかりおやンなさいますから、ほんとに逆さまになッてしまッて、わたくしは始終しかり通しで、悪《にく》まれ役はわたくし一人《ひとり》ですわ」
 「まあそう短兵急《たんぺいきゅう》に攻めンでもええじゃないか。どうかお手柔らかに――先生はまずそこにおかけください。はははは」
 打ち笑いつつ中将は立ってテーブルの上よりふるきローヤルの第三|読本《リードル》を取りて、片唾《かたず》をのみつつ、薩音《さつおん》まじりの怪しき英語を読み始めぬ。静聴する婦人――夫人はしきりに発音の誤りを正しおる。
 こは中将の日課なり。維新の騒ぎに一介の武夫として身を起こしたる子爵は、身生の※[#「※」は「つつみがまえ」+「夕」、第3水準1−14−76、41−18]忙《そうぼう》に逐《お》われて外国語を修むるのひまもなかりしが、昨年来予備となりて少し閑暇を得てければ、このおりにとまず英語に攻めかかれるなり。教師には手近の夫人|繁子《しげこ》。長州の名ある士人
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