さぎ》と亀《かめ》のお話を聞いてよ、言って見ましょうか、――ある所に一ぴきの兎と亀がおりました――あらおかあさまいらッしてよ」
 柱時計の午後|二点《にじ》をうつ拍子に、入り来たりしは三十八九の丈《たけ》高き婦人なり。束髪の前髪をきりて、ちぢらしたるを、隆《たか》き額の上にて二つに分けたり。やや大きなる目少しく釣りて、どこやらちと険なる所あり。地色の黒きにうっすり刷《は》きて、唇《くちびる》をまれに漏るる歯はまばゆきまで皓《しろ》くみがきぬ。パッとしたお召の単衣《ひとえ》に黒繻子《くろじゅす》の丸帯、左右の指に宝石《たま》入りの金環|価《あたえ》高かるべきをさしたり。
 「またおとうさまに甘えているね」
 「なにさ、今学校の成績を聞いてた所じゃ。――さあ、これからおとうさんのおけいこじゃ。みんな外で遊べ遊べ。あとで運動に行くぞ」
 「まあ、うれしい」
 「万歳!」
 両児《ふたり》は嬉々《きき》として、互いにもつれつ、からみつ、前になりあとになりて、室を出《い》で去りしが、やがて「万歳!」「兄《にい》さまあたしもよ」と叫ぶ声はるかに聞こえたり。
 「どんなに申しても、良人《あなた》はや
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