れ》寒き風の立つままに、二片《ふたつ》の雲今は薔薇色《ばらいろ》に褪《うつろ》いつつ、上下《うえした》に吹き離され、しだいに暮るる夕空を別れ別れにたどると見しもしばし、下なるはいよいよ細りていつしか影も残らず消ゆれば、残れる一片《ひとつ》はさらに灰色に褪《うつろ》いて朦乎《ぼいやり》と空にさまよいしが、
果ては山も空もただ一色《ひといろ》に暮れて、三階に立つ婦人の顔のみぞ夕やみに白かりける。
一の二
「お嬢――おやどういたしましょう、また口がすべって、おほほほほ。あの、奥様、ただいま帰りましてございます。おや、まっくら。奥様エ、どこにおいで遊ばすのでございます?」
「ほほほほ、ここにいるよ」
「おや、ま、そちらに。早くおはいり遊ばせ。お風邪《かぜ》を召しますよ。旦那《だんな》様はまだお帰り遊ばしませんでございますか?」
「どう遊ばしたんだろうね?」と障子をあけて内《うち》に入りながら「何《なん》なら帳場《した》へそう言って、お迎人《むかい》をね」
「さようでございますよ」言いつつ手さぐりにマッチをすりてランプを点《つ》くるは、五十あまりの老女。
おりから階段
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