さと満樹《いっぱい》に咲きて、画《えが》けるごとく空の碧《みどり》に映りたり。窓近くさし出《い》でたる一枝は、枝の武骨なるに似ず、日光《ひ》のさすままに緑玉、碧玉《へきぎょく》、琥珀《こはく》さまざまの色に透きつ幽《かす》めるその葉の間々《あいあい》に、肩総《エポレット》そのままの花ゆらゆらと枝もたわわに咲けるが、吹くとはなくて大気のふるうごとに香《か》は忍びやかに書斎に音ずれ、薄紫の影は窓の閾《しきみ》より主人が左手《ゆんで》に持てる「西比利亜《サイベリア》鉄道の現況」のページの上にちらちらおどりぬ。
主人はしばしその細き目を閉じて、太息《といき》つきしが、またおもむろに開きたる目を冊子の上に注ぎつ。
いずくにか、車井《くるまい》の響《おと》からからと珠《たま》をまろばすように聞こえしが、またやみぬ。
午後の静寂《しずけさ》は一邸に満ちたり。
たちまち虚《すき》をねらう二人《ふたり》の曲者《くせもの》あり。尺ばかり透きし扉《とびら》よりそっと頭《かしら》をさし入れて、また引き込めつ。忍び笑いの声は戸の外に渦まきぬ。一人《ひとり》の曲者は八つばかりの男児《おのこ》なり。膝《ひざ
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