れよりか――なお豊、気を広く持て、広く。待てば甘露じゃ。今におもしれエ事が出て来るぜ」
五の一
赤坂|氷川町《ひかわまち》なる片岡中将の邸内に栗《くり》の花咲く六月半ばのある土曜の午後《ひるすぎ》、主人子爵片岡中将はネルの単衣《ひとえ》に鼠縮緬《ねずみちりめん》の兵児帯《へこおび》して、どっかりと書斎の椅子《いす》に倚《よ》りぬ。
五十に間はなかるべし。額のあたり少し禿《は》げ、両鬢《りょうびん》霜ようやく繁《しげ》からんとす。体量は二十二貫、アラビア種《だね》の逸物《いちもつ》も将軍の座下に汗すという。両の肩怒りて頸《くび》を没し、二重《ふたえ》の顋《あぎと》直ちに胸につづき、安禄山《あんろくざん》風の腹便々として、牛にも似たる太腿《ふともも》は行くに相擦《あいす》れつべし。顔色《いろ》は思い切って赭黒《あかぐろ》く、鼻太く、唇《くちびる》厚く、鬚《ひげ》薄く、眉《まゆ》も薄し。ただこのからだに似げなき両眼細うして光り和らかに、さながら象の目に似たると、今にも笑《え》まんずる気《け》はいの断えず口もとにさまよえるとは、いうべからざる愛嬌《あいきょう》と滑稽《こっけい
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