なんざ親父《おやじ》が何万という身代をこしらえて置いたのだから、頑固だッて正直だッて好きなまねしていけるのだがね。吾輩《ぼく》のごときは腕一本――」
「いやすっかり忘れていた」と赤黒子はちょいと千々岩の顔を見て、懐中より十円|紙幣《さつ》五枚取り出《いだ》し「いずれ何はあとからとして、まあ車代に」
「遠慮なく頂戴《ちょうだい》します」手早くかき集めて内《うち》ポケットにしまいながら「しかし山木さん」
「?」
「なにさ、播《ま》かぬ種は生《は》えんからな!」
山木は苦笑《にがわら》いしつ。千々岩が肩ぽんとたたいて「食えン男だ、惜しい事だな、せめて経理局長ぐらいに!」
「はははは。山木さん、清正《きよまさ》の短刀は子供の三尺三寸よりか切れるぜ」
「うまく言ったな――しかし君、蠣殻町《かきがらちょう》だけは用心したまえ、素人《しろうと》じゃどうしてもしくじるぜ」
「なあに、端金《はしたがね》だからね――」
「じゃいずれ近日、様子がわかり次第――なに、車は出てから乗った方が大丈夫です」
「それじゃ――家内も御挨拶《ごあいさつ》に出るのだが、娘が手離されんでね」
「お豊《と
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