名をさしぬ。
 「こらあどうだね?」
 「そいつは話せないやつだ。僕はよくしらないが、ひどく頑固《がんこ》なやつだそうだ。まあ正面から平身低頭でゆくのだな。悪くするとしくじるよ」
 「いや陸軍にも、わかった人もあるが、実に話のできン男もいるね。去年だった、師団に服を納めるンで、例の筆法でまあ大概は無事に通ったのはよかッたが。あら何とか言ッたッけ、赤髯《あかひげ》の大佐だったがな、そいつが何のかの難癖つけて困るから、番頭をやって例の菓子箱を出すと、ばかめ、賄賂《わいろ》なんぞ取るものか、軍人の体面に関するなんて威張って、とどのつまりあ菓子箱を蹴《け》飛ばしたと思いなさい。例の上層《うえ》が干菓子で、下が銀貨《しろいの》だから、たまらないさ。紅葉《もみじ》が散る雪が降る、座敷じゅう――の雨だろう。するとそいつめいよいよ腹あ立てやがッて、汚らわしいの、やれ告発するのなんのぬかしやがるさ。やっと結局《まとめ》をつけはつけたが、大骨折らしアがッたね。こんな先生がいるからばかばかしく事が面倒になる。いや面倒というと武男さんなぞがやっぱりこの流で、実に話せないに困る。こないだも――」
 「しかし武男
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