せたり。
 涼しき空気は一陣水のごとく流れ込みぬ。まっ黒き木立《こだち》の背《うしろ》ほのかに明るみたるは、月|出《い》でんとするなるべし。
 父中将を首《はじめ》として、子爵夫人、加藤子爵夫人、千鶴子、駒子、及び幾も次第にベッドをめぐりて居流れたり。風はそよ吹きてすでに死せるがごとく横たわる浪子の鬢髪《びんぱつ》をそよがし、医はしきりに患者の面《おもて》をうかがいつつ脈をとれば、こなたに立てる看護婦が手中の紙燭《ししょく》はたはたとゆらめいたり。
 十分過ぎ十五分過ぎぬ。寂《しず》かなる室内かすかに吐息聞こえて、浪子の唇わずかに動きつ。医は手ずから一匕《ひとさじ》の赤酒を口中に注ぎぬ。長き吐息は再び寂《しず》かなる室内に響きて、
 「帰りましょう、帰りましょう、ねエあなた――お母《かあ》さま、来ますよ来ますよ――おお、まだ――ここに」
 浪子はぱっちりと目を開きぬ。
 あたかも林端に上れる月は一道の幽光を射て、惘々《もうもう》としたる浪子の顔を照らせり。
 医師は中将にめくばせして、片隅《かたえ》に退きつ。中将は進みて浪子の手を執り、
 「浪、気がついたか。おとうさんじゃぞ。――みん
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