かえりつ。
 「もうようございます」
 浪子はわずかに笑《え》みを作りぬ。
       *
 山科《やましな》に着きて、東行の列車に乗りぬ。上等室は他に人もなく、浪子は開ける窓のそばに、父はかなたに坐《ざ》して新聞を広げつ。
 おりから煙を噴《は》き地をとどろかして、神戸《こうべ》行きの列車は東より来たり、まさに出《い》でんとするこなたの列車と相ならびたり。客車の戸を開閉《あけたて》する音、プラットフォームの砂利《じゃり》踏みにじりて駅夫の「山科、山科」と叫び過ぐる声かなたに聞こゆるとともに、汽笛鳴りてこなたの列車はおもむろに動き初めぬ。開ける窓の下《もと》に坐して、浪子はそぞろに移り行くあなたの列車をながめつ。あたかもかの中等室の前に来し時、窓に頬杖《ほおづえ》つきたる洋装の男と顔見合わしたり。
 「まッあなた!」
 「おッ浪さん!」
 こは武男なりき。
 車は過ぎんとす。狂せるごとく、浪子は窓の外にのび上がりて、手に持てるすみれ色のハンケチを投げつけつ。
 「おあぶのうございますよ、お嬢様」
 幾は驚きてしかと浪子の袂を握りぬ。
 新聞手に持ちたるまま中将も立ち上がりて窓の外を望
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