もンじゃ。いや、それよかおとうさんがの、二十《はたち》の年じゃった、大西郷《おおさいごう》と有村《ありむら》――海江田《かえだ》と月照師《げっしょうさん》を大阪まで連れ出したあとで、大事な要がでけて、おとうさんが行くことになって、さああと追っかけたが、あんまり急いで一|文《もん》なしじゃ。とうとう頬《ほお》かぶりをして跣足《はだし》で――夜じゃったが――伏見《ふしみ》から大阪まで川堤《かわどて》を走ったこともあったンじゃ。はははは。暑いじゃないか、浪、くたびれるといかん、もう少し乗ったらどうじゃ」
 おくれし車を幾が手招けば、からからと挽《ひ》き来つ。三人《みたり》は乗りぬ。
 「じゃ、そろそろやってくれ」
 車は徐々に麦圃《ばくほ》を穿《うが》ち、茶圃を貫きて、山科《やましな》の方《かた》に向かいつ。
 前なる父が項《うなじ》の白髪《しらが》を見つめて、浪子は思いに沈みぬ。良人《おっと》に別れ、不治の疾《やまい》をいだいて、父に伴なわるるこの遊びを、うれしといわんか、哀《かな》しと思わんか。望みも楽しみも世に尽き果てて遠からぬ死を待つわれを不幸といわば、そのわれを思い想《おも》う父の
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