ぎて過ごせるに引きかえて、武男はおもしろからぬ日を送れり。遠く離れてはさすがになつかしかりし家も、帰りて見れば思いのほかにおもしろき事もなくて、武男はついにその心の欠陥《あき》を満たすべきものを得ざりしなり。
 母もそれと知りて、苦々しく思えるようすはおのずから言葉の端にあらわれぬ。武男も母のそれと知れるをば知り得て、さしむかいて語るごとに、ものありて間を隔つるように覚えつ。されば母子の間はもとのごとき破裂こそなけれ、武男は一年後の今のかえってもとよりも母に遠ざかれるを憾《うら》みて、なお遠ざかるをいかんともするあたわざりき。母子《ぼし》は冷然として別れぬ。
 横須賀より乗るべかりしを、出発に垂《なんな》んとして障《さわり》ありて一|日《じつ》の期をあやまりたれば、武男は呉《くれ》より乗ることに定め、六月の十日というに孤影|蕭然《しょうぜん》として東海道列車に乗りぬ。

    八の一

 宇治《うじ》の黄檗山《おうばくざん》を今しも出《い》で来たりたる三人《みたり》連れ。五十余りと見ゆる肥満の紳士は、洋装して、金頭《きんがしら》のステッキを持ち、二十《はたち》ばかりの淑女は黒綾《くろ
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