る都合となりたるより、久々《ひさびさ》ぶりに帰京して、たえて久しきわが家《や》の門を入りぬ。
想《おも》えば去年の六月、席をけって母に辞したりしよりすでに一年を過ぎぬ。幾たびか死生のきわを通り来て、むかしの不快は薄らぐともなく痕《あと》を滅し、佐世保病院の雨の日、威海衛港外風氷る夜《よ》は想いのわが家《や》に向かって飛びしこと幾たびぞ。
一年ぶりに帰りて見れば、家の内《うち》何の変わりたることもなく、わが車の音に出《い》で迎えつる婢《おんな》の顔の新しくかわれるのみ。母は例のごとく肥え太りて、リュウマチス起これりとて、一日床にあり。田崎は例のごとく日々《にちにち》来たりては、六畳の一間に控え、例のごとく事務をとりてまた例刻に帰り行く。型に入れたるごとき日々の事、見るもの、聞くもの、さながらに去年のままなり。武男は望みを得て望みを失える心地《ここち》しつ。一年ぶりに母にあいて、絶えて久しきわが家の風呂《ふろ》に入りて、うずたかき蒲団《ふとん》に安坐《あんざ》して、好める饌《ぜん》に向かいて、さて釣り床ならぬ黒ビロードの括《くく》り枕《まくら》に疲れし頭《かしら》を横たえて、しかも夢は
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