》の勧めでとにかく家をたたんでしばらくその宅にまいることになりましてね。病後ながらぶらぶら道具や何か取り細めていますと、いつでしたか箪笥《たんす》を明けますとね、亡くなりました悴の袷《あわせ》の下から書《ほん》が出てまいりましてね、ふと見ますと先年外国公使の夫人がくれましたその聖書でございますよ。読むでもなくつい見ていますと、ちょいとした文句が、こう妙に胸に響くような心地《こころもち》がしましてね――それはこの書《ほん》にも符号《しるし》をつけて置きましたが――それから知己《しるべ》の宅《うち》に越しましても、時々読んでいました。読んでいますうちに、山道に迷った者がどこかに鶏《とり》の声を聞くような、まっくらな晩にかすかな光がどこからかさすように思いましてね。もうその書《ほん》をくれた公使の夫人は帰国して、いなかったのですが、だれかに話を聞いて見たいと思っていますうちに、知己《しるべ》の世話でそのころできました女の学校の舎監になって見ますと、それが耶蘇《やそ》教主義の学校でして、その教師のなかにまだ若い御夫婦の方でしたが、それは熱心な方がありましてね、この御夫婦が私のまあ先達《せんだつ
前へ 次へ
全313ページ中270ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング