せずに、無礼千万な艶書《ふみ》を吾《ひと》にやったりなンぞ……もうこれから決して容赦はしませぬ」
 「何ですと?」千々岩の額はまっ暗くなり来たり、唇《くちびる》をかんで、一歩二歩寄らんとす。
 だしぬけにいななく声|足下《あしもと》に起こりて、馬上の半身坂より上に見え来たりぬ。
 「ハイハイハイッ。お邪魔でがあすよ。ハイハイハイッ」と馬上なる六十あまりの老爺《おやじ》、頬被《ほおかぶ》りをとりながら、怪しげに二人《ふたり》のようすを見かえり見かえり行き過ぎたり。
 千々岩は立ちたるままに、動かず。額の条《すじ》はややのびて、結びたる唇のほとりに冷笑のみぞ浮かびたる。
 「へへへへ、御迷惑ならお返しなさい」
 「何をですか?」
 「何が何をですか、おきらいなものを!」
 「ありません」
 「なぜないのです」
 「汚らわしいものは焼きすててしまいました」
 「いよいよですな。別に見た者はきっとないですか」
 「ありません」
 「いよいよですか」
 「失敬な」
 浪子は忿然《ふんぜん》として放ちたる眼光の、彼がまっ黒き目のすさまじきに見返されて、不快に得堪《えた》えずぞっと震いつつ、はるかに
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