すが――今日はお告別《わかれ》に私がこの書を読むようになりましたその来歴《しまつ》をね、お話し[#底本のママ、「お話」ではなく「お話し」]したいと思いますが。あなたお疲れはなさいませんか。何なら御遠慮なくおやすみなすッて」
しみじみと耳|傾《かたぶ》けし浪子は顔を上げつ。
「いいえ、ちょっとも疲れはいたしません。どうかお話し遊ばして」
茶を入れかえて、幾は次に立ちぬ。
小春日の午後は夜《よ》よりも静かなり。海の音遠く、障子に映る松の影も動かず。ただはるかに小鳥の音の清きを聞く。東側のガラス障子を透かして、秋の空高く澄み、錦《にしき》に染まれる桜山は午後の日に燃えんとす。老婦人はおもむろに茶をすすりて、うつむきて被布の膝《ひざ》をかいなで、仰いで浪子の顔うちまもりつつ、静かに口を開き始めぬ。
「人の一生は長いようで短く、短いようで長いものですよ。
私の父は旗本で、まあ歴々のうちでした。とうに人の有《もの》になってしまったのですが、ご存じでいらッしゃいましょう、小石川《こいしかわ》の水道橋を渡って、少しまいりますと、大きな榎《えのき》が茂っている所がありますが、私はあの屋敷に生
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