かえり》遊ばすんで。へエエ。せっかくおなじみになりかけましたのに」
 老婦人もその和らかなる眼光《まなざし》に浪子を包みつつ
 「私《わたくし》もも少し逗留《とうりゅう》して、お話もいたしましょうし、ごあんばいのいいのを見て帰りたいのでございますが――」
 言いつつ懐中《ふところ》より小形の本を取り出《いだ》し、
 「これは聖書ですがね。まだごらんになったことはございますまい」
 浪子はいまださる書《もの》を読まざるなり。彼女《かれ》が継母は、その英国に留学しつる間は、信徒として知られけるが、帰朝の日その信仰とその聖書をば挙《あ》げてその古靴及び反故《ほご》とともにロンドンの仮寓《やどり》にのこし来たれるなり。
 「はい、まだ拝見いたした事はございませんが」
 幾はなお立ち去りかねて、老婦人が手中の書を、目を円《つぶら》にしてうちまもりぬ。手品の種はかのうちに、と思えるなるべし。
 「これからその何でございますよ、御気分のよろしい時分に、読んでごらんになりましたら、きっとおためになることがあろうと思いますよ。私《わたくし》も今少し逗留《とうりゅう》していますと、いろいろお話もいたすので
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