まれましたのです。十二の年に母は果てます、父はひどく力を落としまして後妻《あと》もとらなかったのですから、子供ながら私がいろいろ家事をやってましたね。それから弟に嫁をとって、私はやはり旗下《はたもと》の、格式は少し上でしたが小川の家《うち》にまいったのが、二十一の年、あなた方はまだなかなかお生まれでもなかったころでございますよ。
 私も女大学で育てられて、辛抱なら人に負けぬつもりでしたが、実際にその場に当たって見ますと、本当に身にしみてつらいことも随分多いのでしてね。時勢《とき》が時勢《とき》で、良人《おっと》は滅多に宅《うち》にいませず、舅姑《しゅうと》に良人の姉妹《きょうだい》が二人《ふたり》=これはあとで縁づきましたが=ありまして、まあ主人を五人もったわけでして、それは人の知らぬ心配もいたしたのですよ。舅《しゅうと》はそうもなかったのですが、姑《しゅうとめ》がよほど事《つか》えにくい人でして、実は私の前に、嫁に来た婦人《ひと》があったのですが、半歳《はんとし》足らずの間に、逃げて帰ったということで、亡くなッた人をこう申すのははしたないようですが、気あらな、押し強い、弁も達者で、ま
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