いぬ。彼女《かれ》は浪子より二歳《ふたつ》長《た》けて一年早く大名華族のうちにも才子の聞こえある洋行帰りの某伯爵に嫁《とつ》ぎしが、舅姑《しゅうと》の気には入りて、良人にきらわれ、子供一人もうけながら、良人は内《うち》に妾《しょう》を置き外に花柳の遊びに浸り今年の春離縁となりしが、ついこのごろ病死したりと聞く。彼女《かれ》は良人にすてられて死し、われは相思う良人と裂かれて泣く。さまざまの世と思えば、彼も悲しく、これもつらく、浪子はいよいよ黝《くろ》うなり来る海の面《おもて》をながめて太息《といき》をつきぬ。
 思うほど、気はますます乱れて、浪子は身を容《い》るる余裕《ひま》もなきまで世のせまきを覚ゆるなり。身は何不足なき家に生まれながら、なつかしき母には八歳《やつ》の年に別れ、肩をすぼめて継母の下《もと》に十年《ととせ》を送り、ようやく良縁定まりて父の安堵《あんど》われもうれしと思う間もなく、姑《しゅうと》の気には入らずとも良人のためには水火もいとわざる身の、思いがけなき大疾を得て、その病も少しは痊《おこた》らんとするを喜べるほどもなく、死ねといわるるはなお慈悲の宣告を受け、愛し愛さる
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