んとす。父の足音を聞き、わが病の間《かん》なるによろこぶ慈顔を見るごとに、浪子は恨みにはおとさぬ涙のおのずから頬《ほお》にしたたるを覚えず、みだりに死をこいねごうに忍びずして、父のために務めて病をば養えるなり。さらに一あり。浪子は良人《おっと》を疑うあたわざりき。海かれ山くずるるも固く良人の愛を信じたる彼女《かれ》は、このたびの事一も良人の心にあらざるを知りぬ。病やや間《かん》になりて、ほのかに武男の消息を聞くに及びて、いよいよその信に印|捺《お》されたる心地《ここち》して、彼女《かれ》はいささか慰められつ。もとよりこの後のいかに成り行くべきを知らず、よしこの疾《やまい》痊《い》ゆとも一たび絶えし縁は再びつなぐ時なかるべきを感ぜざるにあらざるも、なお二人が心は冥々《めいめい》の間《うち》に通いて、この愛をば何人《なんびと》もつんざくあたわじと心に謂《い》いて、ひそかに自ら慰めけるなり。
されば父の愛と、このほのかなる望みとは、手を尽くしたる名医の治療と相待ちて、消えんとしたる彼女《かれ》が玉の緒を一たびつなぎ留め、九月|初旬《はじめ》より浪子は幾と看護婦を伴のうて再び逗子の別墅《べっ
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