天安川《あまやすがわ》に流れて、川に臨める某亭《なにがしてい》の障子を金色《こんじき》に染めぬ。二階は貴衆両院議員の有志が懇親会とやら抜けるほどの騒ぎに引きかえて、下の小座敷は婢《おんな》も寄せずただ二人《ふたり》話しもて杯《さかずき》をあぐるは山木とかの田崎と呼ばれたる男なり。
この田崎は、武男が父の代より執事の役を務めて、今もほど近きわが家《や》より日々川島家に通いては、何くれと忠実《まめやか》に世話をなしつ。如才なく切って回す力量なきかわりには、主家の収入をぬすみてわがふところを肥やす気づかいなきがこの男の取り柄と、武男が父は常に言いぬ。されば川島|未亡人《いんきょ》にも武男にも浅からぬ信任を受けて、今度も未亡人《いんきょ》の命によりてはるばる佐世保に主人の負傷をば見舞いしなり。
山木は持ったる杯を下に置き、額のあたりをなでながら「実は何ですて、わたしも帰京《かえり》はしても一日泊まりですぐとまた広島《ここ》に引き返すというようなわけで、そんな事も耳に入らなかッたですが。それでは何ですね、あれから浪子さんもよほどわるかッたのですね。なるほどどうもちっとひどかったね。しかしとも
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