く、頬《ほお》ひげ少しは白きもまじり、黒紬《くろつむぎ》の羽織に新しからぬ同じ色の中山帽《ちゅうやま》をいただき蹴込《けこ》みに中形の鞄《かばん》を載せたり。呼び戻されてけげんの顔は、玄関に立ちし主人を見るより驚きにかわりて、帽《ぼう》を脱ぎつつ
 「山木さんじゃないか」
 「田崎|君《さん》、珍しいね。いったいいつ来たンです?」
 「この汽車で帰京《かえ》るつもりで」と田崎は車をおり、筵繩《むしろなわ》なんど取り散らしたる間を縫いて玄関に寄りぬ。
 「帰京《かえる》? どこにいつおいでなので?」
 「はあ、つい先日佐世保に行って、今|帰途《かえり》です」
 「佐世保? 武男さん――旦那《だんな》のお見舞?」
 「はあ、旦那の見舞に」
 「これはひどい、旦那の見舞に行きながら往返《いきかえり》とも素通りは実にひどい。娘も娘、御隠居も御隠居だ、はがきの一枚も来ないものだから」
 「何、急ぎでしたからね」
 「だッて、行きがけにちょっと寄ってくださりゃよかったに。とにかくまあお上がんなさい。車は返して。いいさ、お話もあるから。一汽車おくれたッていいだろうじゃないか。――ところで武男さん――
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