嚢《かばん》を載せて停車場《ステーション》の方より来る者、面《おもて》黒々と日にやけてまだ夏服の破れたるまま宇品《うじな》より今上陸して来つと覚しき者と行き違い、新聞の写真付録にて見覚えある元老の何か思案顔に車を走らすこなたには、近きに出発すべき人夫が鼻歌歌うて往来をぶらつけば、かなたの家の縁さきに剣をとぎつつ健児が歌う北音の軍歌は、川向こうのなまめかしき広島節に和して響きぬ。
「陸軍御用達」と一間あまりの大看板、その他看板二三枚、入り口の三方にかけつらねたる家の玄関先より往来にかけて粗製|毛布《けっと》防寒服ようのもの山と積みつつ、番頭らしきが若者五六人をさしずして荷造りに忙《せわ》しき所に、客を送りてそそくさと奥より出《い》で来し五十あまりの爺《おやじ》、額やや禿《は》げて目じりたれ左眼の下にしたたかな赤黒子《あかぼくろ》あるが、何か番頭にいいつけ終わりて、入らんとしつつたちまち門外を上手《かみて》に過ぎ行く車を目がけ
「田崎|君《さん》……田崎|君《さん》」
呼ぶ声の耳に入らざりしか、そのままに過ぎ行くを、若者して呼び戻さすれば、車は門に帰りぬ。車上の客は五十あまり、色赤黒
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