ね」
「ほほほお嬢――あらまた、御免遊ばせ、お奥様のいいお顔色《いろ》におなり遊ばしましたこと! そしてあんなにお唱歌なんぞお歌い遊ばしましたのは、本当にお久しぶりでございますねエ」と幾はうれしげに浪子の横顔をのぞく。
「あんまり歌ってなんだか渇《かわ》いて来たよ」
「お茶を持ってまいりませんで」と女中は風呂敷《ふろしき》解きて夏蜜柑《なつみかん》、袋入りの乾菓子《ひがし》、折り詰めの巻鮓《まきずし》など取り出す。
「何、これがあれば茶はいらんさ」と武男はポッケットよりナイフ取り出して蜜柑をむきながら「どうだい浪さん、僕の手ぎわには驚いたろう」
「あんな言《こと》をおっしゃるわ」
「旦那《だんな》様のおとり遊ばしたのには、杪※[※]は「木へん+羅」、第4水準2−15−82、17−18」《へご》がどっさりまじっておりましてございますよ」と、女中が口を出す。
「ばかを言うな。負け惜しみをするね。ははは。今日は実に愉快だ。いい天気じゃないか」
「きれいな空ですこと、碧々《あおあお》して、本当に小袖《こそで》にしたいようでございますね」
「水兵の服にはなおよかろう」
「おお
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