いい香《かおり》! 草花の香でしょうか、あ、雲雀《ひばり》が鳴いてますよ」
 「さあ、お鮓《すし》をいただいてお腹《なか》ができたから、もうひとかせぎして来ましょうか、ねエ女中さん」と姥《うば》の幾は宿の女を促し立てて、また蕨採りにかかりぬ。
 「すこし残しといてくれんとならんぞ――健《まめ》な姥《ばあ》じゃないか、ねエ浪さん」
 「本当に健《まめ》でございますよ」
 「浪さん、くたびれはしないか」
 「いいえ、ちっとも今日は疲れませんの、わたくしこんなに楽しいことは始めて!」
 「遠洋航海なぞすると随分いい景色《けしき》を見るが、しかしこんな高い山の見晴らしはまた別だね。実にせいせいするよ。そらそこの左の方に白い壁が閃々《ちらちら》するだろう。あれが来がけに浪さんと昼飯を食った渋川《しぶかわ》さ。それからもっとこっちの碧《あお》いリボンのようなものが利根川《とねがわ》さ。あれが坂東太郎《ばんどうたろう》た見えないだろう。それからあの、赤城《あかぎ》の、こうずうと夷《たれ》とる、それそれ煙が見えとるだろう、あの下の方に何だかうじゃうじゃしてるね、あれが前橋《まえばし》さ。何? ずっと向
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