た這《は》い上がれるほかは、目をねむりても行かるべき道なり。下は赤城《あかぎ》より上毛《じょうもう》の平原を見晴らしつ。ここらあたりは一面の草原なれば、春のころは野焼きのあとの黒める土より、さまざまの草|萱《かや》萩《はぎ》桔梗《ききょう》女郎花《おみなえし》の若芽など、生《は》え出《い》でて毛氈《もうせん》を敷けるがごとく、美しき草花その間に咲き乱れ、綿帽子着た銭巻《ぜんまい》、ひょろりとした蕨《わらび》、ここもそこもたちて、ひとたびここにおり立たば春の日の永《なが》きも忘るべき所なり。
 武男《たけお》夫婦は、今日《きょう》の晴れを蕨狩《わらびが》りすとて、姥《うば》の幾《いく》と宿の女中を一人《ひとり》つれて、午食後《ひるご》よりここに来つ。はやひとしきり採りあるきて、少しくたびれが来しと見え、女中に持たせし毛布《けっと》を草のやわらかなるところに敷かせて、武男は靴《くつ》ばきのままごろりと横になり、浪子《なみこ》は麻裏草履《あさうら》を脱ぎ桃紅色《ときいろ》のハンケチにて二つ三つ膝《ひざ》のあたりをはらいながらふわりとすわりて、
 「おおやわらか! もったいないようでございます
前へ 次へ
全313ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング