」と夫人は常にののしりぬ。ああ土鉢《どばち》に植えても、高麗交趾《こうらいこうち》の鉢に植えても、花は花なり、いずれか日の光を待たざるべき。浪子は実に日陰の花なりけり。
 さればこのたび川島家と縁談整いて、輿入《こしいれ》済みし時は、浪子も息をつき、父中将も、継母も、伯母も、幾《いく》も、皆それぞれに息をつきぬ。
 「奥様(浪子の継母)は御自分は華手《はで》がお好きなくせに、お嬢様にはいやアな、じみなものばかり、買っておあげなさる」とつねにつぶやきし姥《うば》の幾が、嫁入りじたくの薄きを気にして、先奥様《せんおくさま》がおいでになったらとかき口説《くど》いて泣きたりしも、浪子はいそいそとしてわが家《や》の門《かど》を出《い》でぬ。今まで知らぬ自由と楽しさのこのさきに待つとし思えば、父に別るる哀《かな》しさもいささか慰めらるる心地《ここち》して、いそいそとして行きたるなり。

     三の一

 伊香保より水沢《みさわ》の観音《かんのん》まで一里あまりの間は、一条《ひとすじ》の道、蛇《へび》のごとく禿山《はげやま》の中腹に沿うてうねり、ただ二か所ばかりの山の裂け目の谷をなせるに陥りてま
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