のおためにと心に思いはあふるれど、気がつくほどにすれば、母は自分の領分に踏み込まれたるように気をわるくするがつらく、光を※[#「※」は「媼」の「女」のかわりに「韋」、第3水準1−93−83、15−15]《つつ》みて言《ことば》寡《すくな》に気もつかぬ体《てい》に控え目にしていれば、かえって意地わるのやれ鈍物のと思われ言わるるも情けなし。ある時はいささかの間違いより、流るるごとき長州弁に英国仕込みの論理法もて滔々《とうとう》と言いまくられ、おのれのみかは亡《な》き母の上までもおぼろげならずあてこすられて、さすがにくやしくかんだ唇《くちびる》開かんとしては縁側にちらりと父の影見ゆるに口をつぐみ、あるいはまたあまり無理なる邪推されては「母《おっか》さまもあんまりな」と窓かけの陰に泣いたることもありき。父ありというや。父はあり。愛する父はあり。さりながら家《うち》が世界の女の兒《こ》には、五人の父より一人《ひとり》の母なり。その母が、その母がこの通りでは、十年の間には癖もつくべく、艶《つや》も失《う》すべし。「本当に彼女《あのこ》はちっともさっぱりした所がない、いやに執念《しゅうねい》な人だよ
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