つつ――わらいぬ。その一瞥《いちべつ》、その笑いの怪しく胸にひびきて、頭《かしら》より水そそがれし心地《ここち》せし浪子は、迎えの馬車に打ち乗りしあとまで、病のゆえならでさらに悪寒《おかん》を覚えしなり。
伯母はもの言わず。浪子も黙しぬ。馬車の窓に輝きし夕日は落ちて、氷川町の邸《やしき》に着けば、黄昏《たそがれ》ほのかに栗《くり》の花の香《か》を浮かべつ。門の内外《うちそと》には荷車釣り台など見えて、脇《わき》玄関にランプの火光《あかり》さし、人の声す。物など運び入れしさまなり。浪子は何事のあるぞと思いつつ、伯母と看護婦にたすけられて馬車を下れば、玄関には婢《おんな》にランプとらして片岡子爵夫人たたずみたり。
「おお、これは早く。――御苦労さまでございました」と夫人の目は浪子の面《おもて》より加藤子爵夫人に走りつ。
「おかあさま、お変わりも……おとうさまは?」
「は、書斎に」
おりから「姉《ねえ》さまが来たよ姉さまが」と子供の声にぎやかに二人《ふたり》の幼弟妹《はらから》走り出《い》で来たりて、その母の「静かになさい」とたしなむるも顧みず、左右より浪子にすがりつ。駒子もつづい
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