かかれる山木は、幾多の権門をくぐりなれたる身の、常にはあるまじく胆《たん》落つるを覚えつ。昨夜川島家に呼ばれて、その使命を託されし時も、頭《かしら》をかきつるが、今現にこの場に臨みては彼は実に大なりと誇れる胆《きも》のなお小にして、その面皮のいまだ十分に厚からざるを憾《うら》みしなり。
名刺一たび入り、書生二たび出《い》でて、山木は応接間に導かれつ。テーブルの上には清韓《しんかん》の地図一葉広げられたるが、まだ清めもやらぬ火皿《ひざら》のマッチ巻莨《シガー》のからとともに、先座の話をほぼ想《おも》わしむ。げにも東学党の乱、清国出兵の報、わが出兵のうわさ、相ついで海内《かいだい》の注意一に朝鮮問題に集まれる今日《きょう》このごろは、主人中将も予備にこそおれおのずから事多くして、またかの英文読本を手にするの暇《いとま》あるべくも思われず。
山木が椅子《いす》に倚《よ》りて、ぎょろぎょろあたりをながめおる時、遠雷の鳴るがごとき足音次第に近づきて、やがて小山のごとき人はゆるやかに入りて主位につきぬ。山木は中将と見るよりあわてて起《た》てる拍子に、わがかけて居し椅子をば後ろざまにどうと蹴《け
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