出《い》でたる武男が母は、即夜手紙して山木を招きつ。(篤実なる田崎にてはらち明かずと思えるなり)。おりもおりとて主人の留守に、かつはまどい、かつは怒り、かつは悲しめる加藤子爵夫人と千鶴子と心を三方に砕きつつ、母はさ言えどいかにも武男の素意にあるまじと思うより、その乗艦の所在を糺《ただ》して至急の報を発せる間《ま》に、いらちにいらちし武男が母は早|直接《じき》談判と心を決して、その使節を命ぜられたる山木の車はすでに片岡家の門にかかりしなり。
八の一
山木が車赤坂|氷川町《ひかわちょう》なる片岡中将の門を入れる時、あたかも英姿|颯爽《さっそう》たる一将軍の栗毛《くりげ》の馬にまたがりつつ出《い》で来たれるが、車の駆け込みし響《おと》にふと驚きて、馬は竿立《さおだ》ちになるを、馬上の将軍は馬丁をわずらわすまでもなく、※[#「※」は「僵」の「にんべん」の代わりに「革へん」、第3水準1−93−81、127−10]《たづな》を絞りて容易に乗り静めつつ、一回圏を画《えが》きて、戞々《かつかつ》と歩ませ去りぬ。
みごとの武者ぶりを見送りて、声《こわ》づくろいしていかめしき中将の玄関に
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