111−18]」
 武男の手よりすべり落ちたる葉巻は火鉢に落ちておびただしくうち煙《けぶ》りぬ。一燈じじと燃えて、夜の雨はらはらと窓をうつ。

     六の三

 母はしきりに烟《けぶ》る葉巻を灰に葬りつつ、少し乗り出して
 「なあ、武どん、あんまいふいじゃから卿《おまえ》もびっくいするなもっともっごあすがの、わたしはもうこれまで幾夜《いくばん》も幾晩も考えた上の話じゃ、そんつもいで聞いてたもらんといけませんぞ。
 そらアもう浪にはわたしも別にこいという不足はなし、卿《おまえ》も気に入っとっこっじゃから、何もこちの好きで離縁《じえん》のし申《も》すじゃごあはんがの、何を言うても病気が病気――」
 「病気は快方《いいほう》に向いてるです」武男は口早に言いて、きっと母親の顔を仰ぎたり。
 「まあわたしの言うことを聞きなさい。――それは目下《いま》の所じゃわるくないかもしらんがの、わたしはよウく医師《おいしゃ》から聞いたが、この病気ばかいは一|時《とき》よかってもまたわるくなる、暑さ寒さですぐまた起こるもんじゃ、肺結核でようなッた人はまあ一人《ひとり》もない、お医者がそう言い申すじゃての。
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