、まさかに見え透いたるうそも言いかねて、
 「はあ、ちょっと寄って来ました。――大分《だいぶ》血色も直りかけたようです。母《おっか》さんに済まないッて、ひどく心配していましたッけ」
 「そうかい」
 母はしげしげ武男の顔をみつめつ。
 おりから小間使いの茶道具を持《も》て来しを母は引き取り、
 「松、御身《おまえ》はあっち行っていなさい。そ、その襖《ふすま》をちゃんとしめて――」

     六の二

 手ずから茶をくみて武男にすすめ、われも飲みて、やおら煙管《きせる》をとりあげつ。母はおもむろに口を開きぬ。
 「なあ武どん、わたしももう大分《だいぶ》弱いましたよ。去年のリュウマチでがっつり弱い申した。昨日《きのう》お墓まいりしたばかいで、まだ肩腰が痛んでな。年が寄ると何かと心細うなッて困いますよ――武どん、卿《おまえ》からだを大事にしての、病気をせん様《ごと》してくれんとないませんぞ」
 葉巻の灰をほとほと火鉢の縁にはたきつつ、武男はでっぷりと肥えたれどさすがに争われぬ年波の寄る母の額を仰ぎ「私《わたくし》は始終|外《ほか》にいますし、何もかも母《おっか》さんが総理大臣ですからな――
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