らからと笑いながら「なあ難波君、学問の出来《でく》る細君《おくさん》は持つもんじゃごわはん、いやさんざんな目にあわされますぞ、あはははは」と言われしとか。さすがの難波も母の手前、何と挨拶《あいさつ》もし兼ねて手持ちぶさたに杯《さかずき》を上げ下げして居しが、その後《のち》おのが細君にくれぐれも女児《むすめ》どもには書物を読み過ごさせな、高等小学卒業で沢山と言い含められしとか。
 浪子は幼きよりいたって人なつこく、しかも怜悧《りこう》に、香炉峰《こうろほう》の雪に簾《すだれ》を巻くほどならずとも、三つのころより姥《うば》に抱かれて見送る玄関にわれから帽をとって阿爺《ちち》の頭《かしら》に載すほどの気はききたり。伸びん伸びんとする幼心《おさなごころ》は、たとえば春の若菜のごとし。よしやひとたび雪に降られしとて、ふみにじりだにせられずば、おのずから雪|融《と》けて青々とのぶるなり。慈母《はは》に別れし浪子の哀《かな》しみは子供には似ず深かりしも、後《あと》の日だに照りたらば苦もなく育つはずなりき。束髪に結いて、そばへ寄れば香水の香の立ち迷う、目少し釣りて口大きなる今の母を初めて見し時は、さす
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