なおらずにしまいはせんかと、そう時々思いますの。実母《はは》もこの病気で亡《な》くなりましたし――」
「浪さん、なぜ今日に限ってそんな事をいうのかい。だいじょうぶなおる。なおると医師《いしゃ》もいうじゃアないか。ねエ浪さん、そうじゃないか。そらア母《おっか》さんはその病気で――か知らんが、浪さんはまだ二十《はたち》にもならんじゃないか。それに初期だから、どんな事があったってなおるよ。ごらんな、それ内《うち》の親類の大河原《おおかわら》、ね、あれは右の肺がなくなッて、医者が匙《さじ》をなげてから、まだ十五年も生きてるじゃないか。ぜひなおるという精神がありさえすりアきっとなおる。なおらんというのは浪さんが僕を愛せんからだ。愛するならきっとなおるはずだ。なおらずにこれをどうするかい」
武男は浪子の左手《ゆんで》をとりて、わが唇《くちびる》に当てつ。手には結婚の前、武男が贈りしダイヤモンド入りの指環《ゆびわ》燦然《さんぜん》として輝けり。
二人《ふたり》はしばし黙して語らず。江の島の方《かた》より出《い》で来たりし白帆《しらほ》一つ、海面《うなづら》をすべり行く。
浪子は涙に曇る目に微
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