っとも疲れはしませんの。西洋まででも行けるわ」
「いいかい、それじゃそのショールをおやりな。岩がすべるよ、さ、しっかりつかまって」
武男は浪子をたすけ引きて、山の根の岩を伝える一条の細逕《さいけい》を、しばしば立ちどまりては憩《いこ》いつつ、一|丁《ちょう》あまり行きて、しゃらしゃら滝の下にいたりつ。滝の横手に小さき不動堂あり。松五六本、ひょろひょろと崖《がけ》より秀《ひい》でて、斜めに海をのぞけり。
武男は岩をはらい、ショールを敷きて浪子を憩わし、われも腰かけて、わが膝《ひざ》を抱《いだ》きつ。「いい凪《なぎ》だね!」
海は実に凪《な》げるなり。近午の空は天心にいたるまで蒼々《あおあお》と晴れて雲なく、一碧《いっぺき》の海は所々《しょしょ》練《ね》れるように白く光りて、見渡す限り目に立つ襞《ひだ》だにもなし。海も山も春日を浴びて悠々《ゆうゆう》として眠れるなり。
「あなた!」
「何?」
「なおりましょうか」
「エ?」
「わたくしの病気」
「何をいうのかい。なおらずにどうする。なおるよ、きっとなおるよ」
浪子は良人《おっと》の肩に倚《よ》りつ、「でもひょっとしたら
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