器をちょっと燈火《あかり》に透かし見て、今宵《こよい》は常よりも上らぬ熱を手柄顔に良人《おっと》に示しつつ、筒に収め、しばらくテーブルの桜花《さくら》を見るともなくながめていたりしが、たちまちほほえみて
 「もう一年たちますのねエ、よウくおぼえていますよ、あの時馬車に乗って出ると家内《みんな》の者が送って出てますから何とか言いたかったのですけどどうしても口に出ませんの。おほほほ。それから溜池橋《ためいけばし》を渡るともう日が暮れて、十五夜でしょう、まん丸な月が出て、それから山王《さんのう》のあの坂を上がるとちょうど桜花《さくら》の盛りで、馬車の窓からはらはらはらはらまるで吹雪《ふぶき》のように降り込んで来ましてね、ほほほ、髷《まげ》に花びらがとまってましたのを、もうおりるという時、気がついて伯母がとってくれましたッけ」
 武男はテーブルに頬杖《ほおづえ》つき「一年ぐらいたつな早いもんだ。かれこれするとすぐ銀婚式になっちまうよ。はははは、あの時浪さんの澄まし方といったらはッははは思い出してもおかしい、おかしい。どうしてああ澄まされるかな」
 「でも、ほほほほ――あなたも若殿様できちんと澄
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