とお遊びにいらッしゃいよ」
華美《はで》なるカシミールのショールと紅《くれない》のリボンかけし垂髪《おさげ》とはるかに上等室に消ゆるを目送して、歩を返す時、千々岩の唇には恐ろしき微笑を浮かべたり。
四の二
医師が見舞うたびに、あえて口にはいわねど、その症候の次第に著しくなり来るを認めつつ、術《てだて》を尽くして防ぎ止めんとせしかいもなく、目には見えねど浪子の病は日《ひび》に募りて、三月の初旬《はじめ》には、疑うべくもあらぬ肺結核の初期に入りぬ。
わが老健《すこやか》を鼻にかけて今世《いまどき》の若者の羸弱《よわき》をあざけり、転地の事耳に入れざりし姑《しゅうと》も、現在目の前に浪子の一度ならずに喀血するを見ては、さすがに驚き――伝染の恐ろしきを聞きおれば――恐れ、医師が勧むるまましかるべき看護婦を添えて浪子を相州逗子なる実家――片岡家の別墅《べっしょ》に送りやりぬ。肺結核! 茫々《ぼうぼう》たる野原にただひとり立つ旅客《たびびと》の、頭上に迫り来る夕立雲のまっ黒きを望める心こそ、もしや、もしやとその病を待ちし浪子の心なりけれ。今は恐ろしき沈黙はすでにとく破れて、雷鳴
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