》を、上らば必ず得《う》べき立身の梯子《はしご》に足踏みかけて、すでに一段二段を上り行きけるその時、突然|蹴《け》落とされしは千々岩が今の身の上なり。誰《た》が蹴落とせし。千々岩は武男が言葉の端より、参謀本部に長たる将軍が片岡中将と無二の昵懇《じっこん》なる事実よりして、少なくも中将が幾分の手を仮したるを疑いつ。彼はまた従来金には淡白なる武男が、三千金のために、――たとい偽印の事はありとも――法外に怒れるを怪しみて、浪子が旧《ふる》き事まで取り出《い》でてわれを武男に讒《ざん》したるにあらずやと疑いつ。思えば思うほど疑いは事実と募り、事実は怒火に油さし、失恋のうらみ、功名の道における蹉跌《さてつ》の恨み、失望、不平、嫉妬さまざまの悪感は中将と浪子と武男をめぐりて焔《ほのお》のごとく立ち上りつ。かの常にわが冷頭を誇り、情に熱して数字を忘るるの愚を笑える千々岩も、連敗の余のさすがに気は乱れ心狂いて、一|腔《こう》の怨毒《えんどく》いずれに向かってか吐き尽くすべき路《みち》を得ずば、自己――千々岩安彦が五尺の躯《み》まず破れおわらんずる心地《ここち》せるなり。
 復讎《ふくしゅう》、復讎、世
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