《むち》を続けざまに打ちおろすかのごとくに感ぜらるる、いわゆる「泣き面《つら》に蜂《はち》」の時期少なくとも一度はあるものなり。去年以来千々岩はこの瀬戸に舟やり入れて、今もって容易にその瀬戸を過ぎおわるべき見当のつかざるなりき。浪子はすでに武男に奪われつ。相場に手を出せば失敗を重ね、高利を借りれば恥をかき、小児《こども》と見くびりし武男には下司《げす》同然にはずかしめられ、ただ一|親戚《しんせき》たる川島家との通路は絶えつ。果てはただ一立身の捷逕《しょうけい》として、死すとも去らじと思える参謀本部の位置まで、一言半句の挨拶《あいさつ》もなくはぎとられて、このごろまで牛馬《うしうま》同様に思いし師団の一士官とならんとは。疵《きず》持つ足の千々岩は、今さら抗議するわけにも行かず、倒れてもつかむ馬糞《ばふん》の臭《しゅう》をいとわで、おめおめと練兵行軍の事に従いしが、この打撃はいたく千々岩を刺激して、従来事に臨んでさらにあわてず、冷静に「われ」を持したる彼をして、思うてここにいたるごとに、一|肚皮《とひ》の憤恨猛火よりもはげしく騰上し来たるを覚えざらしめたり。
 頭上に輝く名利の冠《かんむり
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