手をふきふき、鏡台の前に立ちし千鶴子は、小さき箱の蓋《ふた》を開きて、掌《たなそこ》に載せつつ、
「何度見てもこの襟止《びん》はきれいだわ。本当に兄《にい》さんはよくなさるのねエ。内《うち》の――兄さん(これは千鶴子の婿養子と定まれる俊次《しゅんじ》といいて、目下外務省に奉職せる男)なんか、外交官の妻になるには語学が達者でなくちゃいけないッて、仏語《フレンチ》を勉強するがいいの、ドイツ語がぜひ必要のッて、責めてばかりいるから困るわ」
「ほほほほ、お千鶴さんが丸髷《まるまげ》に結《い》ったのを早く見たいわ――島田も惜しいけれど」
「まあいや!」美しき眉《まゆ》はひそめど、裏切る微笑《えみ》は薔薇《ばら》の莟《つぼ》めるごとき唇に流れぬ。
「あ、ほんに、萩原《はぎわら》さんね、そらわたしたちより一年|前《さき》に卒業した――」
「あの松平《まつだいら》さんに嫁《い》らっした方でしょう」
「は、あの方がね、昨日《きのう》離縁になったンですッて」
「離縁に? どうしたの?」
「それがね、舅《おとうさん》姑《おかあさん》の気には入ってたけども、松平さんがきらってね」
「子供があ
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